占いも捨てたものではない
人生には様々な迷いがある。特に自らの進路についてとなると、確信が持てないことが殆どではないだろうか。進学、就職、結婚などに対して、百パーセントの自信と確信を持って臨む人など、一体、どれくらいいるだろうか。そこに一切の迷いを感じない人など、皆無ではないのかと筆者は思う。誰でも多かれ少なかれ迷いはあるが、頃合いを見計らって妥協し、決定を下し、そして実行に移すのではないだろうか。人が生きていくということは、そういうことだと思う。そんな不確定な人生だからこそ、人は占いというものに頼ることがあるのだ。中には「己の運命は己で切り開く。占いなど不要だ」という意志の強い方もいるだろう。しかし、どんなに強い方も、死ぬか生きるかの土壇場においては迷いが生じるのではあるまいか。昨年の大津波の折にも多くの人が「山へ逃げるか街で避難するか」迷ったという。その決断が生死を分けたといえるだろう。このように、人の心に迷いがある限り、占いはこの世から無くならないと思う。占いには人の心の迷いを沈静化させる作用があるのではないか。迷いは焦りを生み、焦りは判断ミスを誘発する。したがって占いによって心を静め、落ち着きを取り戻すことは理に叶っているとも言える。筆者自身、占いは嫌いではないし、非科学的な出鱈目だとも考えてはいない。何かの迷いの中にある時には、占いは参考になると思う。しかし、だからといって決して占いに盲従するつもりはない。